初めてテニミュに行った話
ミュージカル「テニスの王子様 青学VS立海 前編」を観に行ってきました。
普段東宝にお世話になりがちなオタクなので、テニミュ出身の俳優さんが様々な方面で活躍されていて、それはもうお噂はかねがね聞いていました。
ただ最高に頭が悪い女なのでテニミュの何代目とか2ndとかがよく分からず、誰が何に出ててどこでどうキャストが変わってるんや?みたいな状態でして。
もっとちゃんと調べれば分かったはずなんですけど、過去の私はでもまあこれ以上沼を増やすわけにはいけねえんだ!!すまんな!!と思ってそこで放置してたんです。
そんな私がどうして今回テニミュに行ったかと言うと、きっかけは木村の達成くんです。
ロミジュリで知ってエリザも見て、アッこの子の演技めっちゃ好きだわって思って。手持ちのエリザのチケットもなくなって寂しくて、何か過去作を見たいと思っていたところ優しい優しいフォロワさんがテニミュを勧めてくださって。
その流れで今テニミュがあってて地元に来ると言うことを知り、謎に行動力を発揮した私はすぐにチケットを取りました。
これまで2.5次元舞台を観劇したことがなく(厳密に言うとヒロアカは原作大好きマンだったのでライビュに行って号泣しました、生で観劇するのはテニミュが初めて)、事前知識ほぼゼロで、唯一の予備知識は「達成くんがやってたのが海堂」「和樹さんが跡部」「とんちゃんが青い髪の子」っていう本編観るにあたって全く役に立たない情報だったんですけど。
楽しめるのかなっていう不安も抱えつつ知識ゼロで迎えた当日。
テニミュ最高でした!!!
好き!!!!!!
テニスの王子様の内容はおろか、テニスのルールさえ知らない私だったけど、めちゃくちゃ楽しかった。本当に素敵空間でしかない。
最初試合始まった時は突然出てきた少年漫画臭漂う技のネーミングと内容に少し戸惑ったものの、すぐに慣れて、あとはのめり込むように見てました。
あとこれまで私が好きになったスポーツ系漫画がバスケもので、当たり前なんですけど主人公のチームは勝ち抜かなくちゃいけないから本戦では絶対に負けないんですね。
だけどテニスって柔道とか剣道みたいな感じだから(例えが下手くそ)個々人では負けたりするじゃないですか!?
当たり前のことなのにそのことに全く気づかなくて、固定概念から青学側が勝つものだと思ってて、手塚対真田の試合を見てめちゃくちゃ驚いた。そりゃあもう驚いた。
こっから先は多分この先テニミュに行き出すだろう私に向けて、お前最初テニミュ見た時こんなんだったんだぜっていう備忘録。
手塚 VS 真田
手塚さんみたいな冷静沈着だけどチームやテニスに情熱注いでいるタイプも、真田みたいに堂々と勝負する馬鹿正直なくらい真っ直ぐなキャラも大好きな女なので、初めて知った二人の試合を見ながらえっ好きと好きが戦ってるんだけど…しんど…とか思ってた。
手塚ファントム最高だし、油断せず行こうなんかもう最高でしかないな???とか思って見てたら、まさかの 手塚さんの腕が本調子じゃなくて、何も知らない女はそれを知った瞬間号泣した。あんな涼しい顔してそんなに無理してたの?お願いだから安静にしてドイツに行ってくれってめっちゃ思った。
チームメイトも止めろよって思う反面、そんな覚悟でしてくれてるんだから止められないよな分かる、って思いながら見てた。
真田くんは幸村から真っ向勝負をやめろって言われた時、それに従って勝利を取りに行ったのが意外で、だけどそこで改めて彼にとっての立海三連覇の重みというものを感じてまた泣いた。
いやもう何回でもいうけどあの流れでまさか手塚が負けるなんて思わなくて、だけどもうそれも含めて最高だったし、あの最後の二人のやり取り何!?
めっちゃスポーツマンシップって感じがして泣いた。
つまりはずっと泣いてた。
海堂&乾VS赤也&柳
海堂くん大好きすぎて赤也なにこいつ?でもこんなにムカつくってことはこの役者さん相当演技うまいな?とか、あとテニスってそんなことしてもレッドカードとかそういうのないんやなとか思ったりしてた。
海堂くんと乾さんのこれまで歩んできた道なんて一ミリも知らないけど、回想っぽい場面で号泣した。あれはずるい。えっそんな元々一匹狼みたいな感じだったとか想像もしないじゃん。あそこから勝手に想像膨らませて泣いた。
とにかく真逆な二人の歌詞天才すぎない????
いやもう大好きすぎて帰って何回も歌詞読んでは余韻に浸ってるけど、海堂くんと乾先輩の関係が本当にすこすこのすこ。
海堂くんが赤く染まりかけた時乾先輩がそれを留めたの最高でしかないじゃん。
そしてあれで海堂乾ペアが勝たないっていうのがまた切なくも天才だと思う。テニスの王子様の原作が天才すぎてしんどい。
そういえば途中で跡部さん出てきたけど最初映像ってわからなくてオペラグラス構えたのクッソ恥ずかしかった。
映像のレベル高杉君かよ、現代の技術すごいね???
あと四天宝寺!!めっちゃキャラ濃くて大好きなんだけど何あの子たち。
二幕頭とかは日替わりネタなんかな。
こはるちゃん可愛すぎたし、金太郎くんと越前とのこれまでのドラマ気になりすぎる。てか、金太郎くんめっちゃかわいかった。白石くん愛すべき馬鹿って感じがするし、財前くんのピアスえっちすぎん??
他の子達もみんなビジュいい馬鹿って雰囲気が好きすぎて、四天宝寺編見るしかねえってなったよね。
不二VS仁王
初め設定知らなくてえっなんか不二くん強いってか仁王くん弱くね?えっ?ってなってたけど、不二くんって天才だったんですね!?
テニスを全く知らないから最後までカウンターの意味が分からなかったけど楽しかった。仁王くんは黄瀬くん(唐突の黒バスぶっこみ)みたいな感じなんかな。
突然手塚現れた時頭弱すぎてえっ手塚さんベンチとコートに二人いんの!?これも映像!?とか思ったけどよくよく考えたら移動してるだけですね。
そして仁王くんを通して手塚とのドラマを見せられてくっそしんどかった。涙とはまた違うしんどさ。不二くんの試合を見ると、本当にテニスに彼らの青春が詰まってるんだなって感じた。きらっきらしてる。
あと私的に仁王くんが天才を倒す的なこと言ってて、ああこの子もこれまで色々あったんだろうなとか思ったりしてた。本当はどうなのか知らないけどね!!
ただもうとにかく不二くんと手塚さんの関係性最高な????
手塚を倒すわけではなく、仁王自身を倒してる感じが好きでしかない。結局手塚との決着ついてないやん、早く二人で試合してるとこ見せてって気持ち。
精神は真似できない的なセリフはもう言葉のチョイスが神。
ゴールデンペアVSプラチナペア
不二くんに引き続き導入の雰囲気が明るいぞ!?ってのが第一印象。
でも泣いた。また泣いた。
二人でする最後の試合的なこと言うし、なんかもう悔いはないよこれまでありがと!みたいな雰囲気醸し出してたのに、終盤に従うに連れてまたお前とテニスしたいみたいなこと言い出すしごりしんどい。なに、なんなの。尊すぎた。
学生最後の試合でシンクロするのもシナリオが天才の所業。
思い出せ越前
むり。もうむりでしかない。
またもも先輩って呼んでくれよみたいなところで全私が泣いた。これは泣かざるを得ないやつ。もも先輩大好き。あと海堂くんと乾先輩あの状況でもなお駆けつけてくれるの大好き。
みんな大集合
ごめん、ちょっとなんて言えばいいのかわかんなかったんだけど。
あんな風にみんなで歌うと思ってなくてキャパ限界だった。
最後の客降りとか、コールアンドレスポンス(?)とかもめちゃくちゃ楽しい。
みんながみんな可愛くて格好良くて、若さを全身で浴びた気分。
本当に最初から最後までテニミュ最高でした!!!!!
立海後編も絶対行く!!!!!!
以上、テニミュ初めて見た感想でした!
エリザベート 7/21
エリザベート7/21マチネを観てきました。
3度目の木村ルドルフ。
以前のブログでもルドルフについては書いているし、見る度にそこに加筆をしようと思っていたけれど、今回の木村ルドルフは私がこれまで彼のルドルフから感じた印象とあまりにも違っていたので今日の感想を別で書くことにしました。
木村ルドルフメインですが、他のキャストについても少し書き留めが有ります。
つらつらと書き連ねる前にひとつ。本当に兎に角素晴らしかった。今までも彼のルドルフは素敵だったけど、今回の木村ルドルフは圧巻だった。
私の思い描くルドルフであり、尚且つ私の考えの及ばないところまで緻密に練り込まれていて、本当に今日の彼の演技には震えた。
それでは出来るだけ順を追って彼のルドルフについての感想を。
・ミルク
ルドルフじゃないんだけど、いつ見ても彼のミルクの時の演技が大好きでしかない。
彼の貧困に苦しみ、怒り、そして革命家やルキーニの誘導でその矛先をシシィに向けるまでの演技がたまらなく好き。一連の流れが本当に綺麗。あと彼ってダンス上手だけど主張しすぎず癖がないのもとてもいい。演技もダンスも自然に周りに馴染んでいるなあって感じがとてもする。
・フランツとルドルフ、HASS
ルドルフの登場。最初はフランツに対してはかなり反抗心が強いなと思ったけれど、それは悲しみ混じりの怒りであって、敵意ではない。
母を傷つけ、自分から母を遠ざけた父に憤りを示すけれど、それって家族揃って仲良く暮らしたかったって言う憧れがあるからこそ生まれるもので、フランツを家族として愛しているからこそ抱く感情なんだと思う。
だから彼は父にハプスブルクの危機を訴える時には焦燥さえあれど、怒りは感じられないし、父が自分の話を受け入れることなく去った時には悲しみを見せる。
民衆の行為を父に直訴する姿は皇太子らしくあろうとしながらも、どこか弱さの感じられる雰囲気を持っていて、今にも泣き出してしまいそうだとも感じた。
眉がハの字になったり顔を少しくしゃっと歪ませるのが私的にとても好きなポイント。その姿に彼の必死さと弱さが詰まっているみたい。
・闇が広がる
悲しみや戸惑いや恐怖に苛まれ、地面に崩れ落ちた時に自分の体を抱きしめる姿が堪らなく好き。父も母もいない中、孤独に耐えようと必死に自分を慰めているみたいだった。
木村ルドルフは両親の前では弱さが垣間見えるけれど、それでも決して皇太子らしい振る舞いを忘れない。
それはゾフィーの教育の賜物だと思う。身体に刷り込まれたものであり、そして同時に、ルドルフが無意識のうちに父の望む姿であろうとしたからではないのだろうか。
ゾフィーの下で育ったフランツは息子にも皇太子として生きることを求め(それが露骨ではなくてもそう言う空気はあったと思う)、彼はそうあろうとしたのだろうな。
そして、彼を皇太子としてではなく一人の子として扱ってくれるシシィは殆ど宮廷に帰らない。
そんな時にトートが現れる。かつて孤独の中寂しさに震えていた自分を慰めてくれた友達に彼は躊躇うことなく心を許す。それはまるで、皇太子としての重圧から来る不安や怯えをトートに吐露しているようだった。
「僕は何もできない 縛られて」と言う時に両手で自身の首を絞める。破滅に向かうハプスブルク家の未来と、自分の無力さ、皇太子としての葛藤が彼の首をきつく締め付けているのだろう。
けれどその直後、トートの「玉座」という言葉で表情は一変する。不安は消え去り、真っ直ぐ前を見据える姿は、きっと彼の目指す皇太子としての姿なのだと思う。彼の夢見た姿が、ここに凝縮されている。
そんな彼の凛々しい瞳を見た時、彼はトートに溺れてしまったのだと悟った。
弱さを捨て、前進する。それはトートがいなくては決して実現できなかったことであり、この先もトート無くしては続かない。彼の支配権は全てトートが握ったと言っても過言ではないと思う。破滅への道がしっかりと見えた瞬間だった。
・独立運動
革命家たちの前に立つ時、彼は皇太子然としていて、けれど、だからこそ弱さを吐露する先がないと苦しみに飲み込まれてしまうのだと思う。縋る先は、トートしかないというのに。
(ハンガリー国王!のあたりの記憶がすっぽり抜け落ちてて、素敵なことは覚えてるんだけど記憶がポンコツすぎて自分がどう感じたのかさっぱり思い出せない……)
革命が失敗して仲間が銃で撃たれた時、考える暇もなく彼の足が負傷した仲間の方へと向かったのがすごく印象的。
自分の保身に走ることなく仲間を思う姿は、彼の強さであり美しさだと思う。
彼は本当に独立運動の仲間たちや、国民のことを愛しているのだと思った。愛しているからこそ、自分の全てを賭け、それが上手く行かなければ自責の念に囚われる。
フランツが「ハプスブルクの名誉にかけて」って言うところ、元基くんのフランツからはルドルフ自身の名誉を守ってやりたいって風な気持ちをを感じた。父としての愛が如実に表れていて、それは国王という立場を通してみればある種の弱さなのかもしれないけれど、その弱さとも呼べる優しさを持ったところが、元基フランツと木村ルドルフはとても似ていると思う。
フランツが去っていく時に口にする「父上」は今にも泣いてしまいそうなくらいにか細くて、弱々しい。その言葉は誰に宛てたわけでもなく、父に見捨てられる悲しみと失敗してしまったことへの後悔のこもった言葉のようだと感じた。
・僕はママの鏡だから
シシィから分からないと一蹴され、少しの驚きを見せながらも、彼は「打ち明けるよ」と静かに言う。その言葉の発し方が本当に素敵だった。感情を押し殺しているわけではなく、考える間も無くスッと言葉が出る感じ。この台詞をそういう言い方をすることって案外珍しいと思う。上手く言えないのだけど、ここも本当に良かった。私の思い描くルドルフそのものだった。
自分から遠ざかるシシィの背に「ママも…」と呟き暫くの静寂。そして「僕を見捨てるんだね」と続く。
皇太子としての彼はもうそこにはいなくて、残ったのは親の愛を求める哀れな一人の青年だった。大人であろうと、皇太子らしくいようと、そうして自身を奮い立たせた果ての末路はあまりにも悲痛だ。
・マイヤーリンク
「死にたいのか」と囁く古川トートの表情がすごく好き。ほんの少し嘲りのような笑みを浮かべた後に、悲しみを帯びた声を作り、哀れなものを見るかのような目で語りかける。
そんなトートを前にしてもルドルフは大きく表情を変えることはない。ただただ悲しみの底にいるといった風だった。
そして、拳銃を手にするまでのダンスが始まるけれど、その時でさえ浮かぶのは悲しみだけで、死への葛藤なんて全く見られなかったように思う。死へ進もうとするルドルフに、トートが悪戯を仕掛けてからかっているような感じだった。
そして二人がキスをした直後、トートはほんの少しだけ口角を上げて笑う。微笑というには意地の悪そうな、それでいて美しい笑みがとても印象的。
その後、ルドルフは銃口を自身の頭にあてる。
彼が死に際に笑みを浮かべることは前回観劇した際に目にしていたし、その姿がとても好きだったので、今回も死に際には注目して見ていたのだけれど(彼に限らずルドルフの死に際にはオペラグラスを使わずにはいられない)。
それにも関わらず衝撃を受けた。これまで何度かエリザベートを観てきたが、その中でも圧倒的な衝撃だった。
右の口角だけが不自然なほど綺麗につり上がる。あの表情が、あの時の彼の口角が、目に焼き付いて離れない。
彼の笑顔を見た時私は諦めの中で自由(死)という喜びを得たのだろうかとぼんやりと感じたが、けれどそれ以上は何も分からなかった。そう感じたことが正しいのかも分からない。正直違うような気もするが、その他の感想がないので書き留めておく。
それ程にあの笑みはあまりにも突然で、予想を遥かに超えるもので、私はそれ以上思考することが出来なかった。
そして今あの笑みについて考えてみても、そうすればするほど答えから遠のく感覚がするので、答えを探るのをやめた。分からないままであるべきなのかもしれないと思う。あれこれ考え、解釈をするうちに記憶が上塗りされてしまうのが怖い。
兎に角あの笑顔は衝撃的で、果たして私は何を見てしまったのかとすら思った。
ただ、あの笑みが私の心にグッサリと刺さったことだけは確かで、ルドルフが棺に納められた後でも死に際の表情が脳裏に浮かび上がる。そんな経験をするのは初めてだった。
とんでもなく素晴らしかった。この回を観ることができて本当に良かった。
BLUE/ORANGE
ブルオレ 、走り書きが見つかったので記憶と繋げて今更ながら感想を。
話が進むにつれてブルースの取り繕っていた建前が次第に剥がれていくのを見ながら、妙に納得している自分がいた。
私はかなりブルースに肩入れして見ていたけれど、それでも節々に稚拙さや愚かしさを感じたからだ。
一幕ではそれが研修医という経験不足や、若さからくる青臭さなのかと思っていたが、話が進むに連れて、あれは隠しきれない傲慢さが滲んでいたからなのだと思った。
改めて思い返すと、ブルースの行動は総じて自分勝手なもののように思う。
彼の優しさというは結局のところエゴでしかなくて、押し付け以外の何物でもない。ブルースは無意識のうちに優しさへの見返りを求めているから相手が自分の予想に反したとき、裏切られたと感じるのではないか。
もしかするとブルース自分の理想とする医者になるべくクリスを巻き込んだのではないかとすら思った。
でも人の優しさなんてみんなそんなもので、誰もが自己満足の世界で生きているのかもしれない。
そして話は変わるが、この話の至る所にある人種差別に関する言葉を聞きながら、やはり差別問題は難しい話題だと感じた。
差別をなくそうと意識すればすることは正しいことであるはずなのに、一歩間違えれば過敏になり過ぎてしまう。クリスは正にそのようだなと感じた。全てにおいて過敏で、何もかもを差別に結びつけている。
対してロバートは軽く差別を口にする。それを差別でないような顔をして。彼は明らかに差別をしているし、白人主義的面が多々ある。
けれど、例えばクリスがカリブ系だからとカテゴライズするところ。あれは過去に人種差別がなければ、それはただ単に地域性でくくっているだけだと捉えられるのではないかと思った(日本でいう県民性的なことなのではないかと)。
けれどそれも、彼らの歴史を踏まえた上ではすべき言動でないことは分かる。その歴史を知っていながらそれらの言葉を口にするロバートは、あえてその単語を選んでいるのだから、彼は間違っている。
過去を見なければ彼の屁理屈は、存外間違っていないのではないかと思うところもあった。だが過去を見なければ未来はないのだ。
だからこそ、差別というものは難しいのだと思うし、そこに躊躇なく触れて、それでいて何かしらの糸口を分かりやすく提示するわけではない演目ってすごいなって思った。
私は恥ずかしながらそれほどの知識を持ち合わせていないので、あくまで漠然とそう感じることしか出来ないのだけれど。
また、二幕でブルースが激昂する場面を見てからは、そもそも精神病とは何なのかということを考えたりした。
精神科医がいて精神病患者が病気だと判断されるのは然るべきことだと分かってはいるが、このお話を見ていると人が人を異常だと判断するのはあまりにも傲慢ではないのかと思った。
普通とは何か、どこからが病なのか。目に見えない境界線を探し出すのもまた、難しい。
果たしてクリスは何者だったのか。
はっきりとは分からないけれど、私はただのネジの緩んだ奇怪な、それでいてロバートの言うような、そんな男だったのではないかと思う。
結局のところ、この話の中で正しいのはブルースではなくロバートだろうと感じるのだ(その中での発言はどちらも愚かしくて正しいなどとは言えないが、診断という点において)。
ブルースがクリスに水をかけられた時に、彼の信念や思い描いていた理想が、現実という壁を前に、崩れ去っているのだろうと察した。
そしてその後クリスが病院を去ると、ブルースはロバートに媚を売り出す。その豹変した姿に、胸のあたりがぞわりとしたことを覚えている。
自分の先程までの行為をなかったかのように振る舞い、自分の地位のためにへつらう姿は、愚かで、それでいてとても人間らしくて。なんだか酷く残酷な現実を突きつけられている気がした。
経緯さえ違えど、こうして多くの人が理想と現実の違いに直面して、理想を捨て、見せかけの安全を追うようになるのだろうと思った。
もしかすると私は、彼をエゴイストだと思っていながらも、心のどこかでエゴを通して欲しいと思っていたのかもしれない。
それから、作品の最後に、ブルースがロバートへ「告発します」と告げたるシーン。
あの時の笑顔の、なんとも言えぬ不気味さ。間違いなく不吉な気配を纏っていて、それでいて生き生きとしていて、あの一瞬に詰め込まれた噎せ返るような人間らしさは素晴らしかった。
そして、クリスのあの視点の定まらない感じ、テンションの上がり下がり、何者かはっきりと分からず境界の上を生きているように見せる姿。本当にすごいと思う。シーンによって、彼の存在が小さくも大きくも見えた。箱の狭さもあって、圧倒的迫力。
演技を浴びていると言うに相応しい舞台だった。
上半期観劇まとめ
オンユアフィート
スリル・ミー
暗くなるまで待って
唐版風の又三郎
ロミジュリ
BLUE/ORANGE
ヒロアカ(ライビュ)
color of life
レミゼラブル
笑う男
百合と薔薇(朗読劇)
ライオンキング
歌舞伎版ナルト
19演目 34公演
昨年観たスリルミが性癖すぎて突如大阪スリルミ遠征を決めたの本当に印象的。これから先もそんなこと早々しないと思う。
あと私的にロミジュリもかなり性癖に刺さるタイプの作品。青春を生きて、それを終えてしまう彼らの雰囲気がとても好き。
スリルミで成河さんが推しになって、世界がまた一つ広がって。
ロミジュリで大貫くんを好きになった。推しと呼んでいいのかは今でも少し決め兼ねているけれど彼の表現力は本当に素敵だと思う。
そしてフォロワさんの布教のおかげで本格的に宝塚に興味を持ち始めて、花男で初めてヅカのチケットを自分で買った。みんなキラッキラしてるし、観ていてはちゃめちゃに楽しかった。
それから、推しが出演してない作品も私にしては結構観た方。特にストプレは今までほとんど観て来なかったから(地方に全然来ないってのもあるけど)、新鮮だった。
本格的に舞台で遠征するようになった年で、お金がいくらあっても足りねえなみたいな状態で生きてる。
でも、楽しいんだな、これが。
下半期は観劇回数減るけどマイペースに楽しんでいこうと思う。
エリザベート
全キャスト観れたので感想。
キャスト比較話が大好きなのでみんな見れて良かった。
今回はルドルフトリプルキャストについて。
(観劇したらちょくちょく感想加筆していきます)
木村ルドルフ
圧倒的光属性。
彼のルドルフは家族も国も大事で自分なりに色々考えている感じが強く伝わってきた。それでいて、何かを全て一人で決められるほど強くないんだと思う。いいや、決めることはできるかもしれない。けれどその後の責任感に耐えることは容易くない。だからトートの言葉に惑わされる。
ただ自分で全てを導く力を持てずとも、自分の中で何をどうしたいかかなりはっきりと定まっている感じが、フランツの姿を思い出させた。
もう少し歳を重ねることが出来ていたならば、国を導いていける存在になれたのではないだろうか。
彼のルドルフは父親の雰囲気を感じさせることが多いが、自分の力で自分の居場所を作ろうとしてるのはシシィに似ている。
話は変わって、革命後のシーン。シシィさえも自分を見捨てた中、最後まで自分の側にいてくれたのが友達であるトートであるという事実が、彼の心には大きく響いたのだろう。そうして、トートに最後の希望を託したのではないか。だから私にはこの先トートと共に歩んでいく為に死を選んだようにも見えた。
銃を取るまでは死へ向かうことへの恐怖や葛藤が見えたけれど、銃を手にしてからは死を恐れる気配など一切なく、ひたすらに前を見つめて死んでいったのが、本当に切ない。
7/3、6/11ぶりに彼のルドルフ見たら死ぬ時うっすら笑顔を浮かべていて驚いた。
あの笑顔からは、まるで自嘲のような皮肉を感じた。
友達であるトートを選べば、いとも簡単に自由を得られたにも関わらず今まで心を削って色々なものと必死に戦っていた自身への嘲り。
でもその感情は自由への喜びがあるからこそ成り立つ感情なのだと思う。苦しみからの解放に対する歓喜と、しかしそれよりも強い諦めのような自嘲。彼の心情を思うととても切ない。
それから闇広での「我慢で↑きない」ってアレンジが最高。この前見た時はやってなかったからびっくりしたけど、素敵なアレンジだし、本当に彼は音域が広くて綺麗。
あとルドルフではないのだけれど、1幕のエーヤンとミルクでのバイト姿がとても好き。周りに溶け込んできっちり演技してる感じが良かった。
三浦ルドルフ
兎に角強い。国の行先を憂いてる感じが顕著。
自我をしっかり持っていて、革命運動にも自分の確固たる参加している感じで、とても強いルドルフだと思う。
でも、それは皇太子として強くいなくてはいけないと思って生きているからで、彼はその為に必死に一生懸命に生きてきたのだろうと思った。
シシィにさえも見捨てられた時、彼が押し殺してきた驚きや悲しみや絶望や虚無感が表へ姿を現わしたように感じた。
なんでもないような振りをしながら過ごしてきた分、シシィから突き放されたことで受けた傷は深くて、絶望は底無しなのだと思う。
ただ彼はトートがいなくても独立運動に参加し、死んでいたように思えた。そして芳雄トートは彼の死を確固たるものにする為に巧みに裏で動いている感じがした。
京本ルドルフ
弱くて儚い皇太子。傷ついてズタボロで無防備。
傷つき放題で、最早傷があるのがデフォ。
父親に理解してもらえなかった時、そして民集が自身の行為を批判している声を聞いた時、彼は憤りや自責の念ではなく、限りなく絶望に近いものを抱いていたと思う。もう自分では自分を鼓舞できないくらいに傷ついていて、そこにトートが現れたように感じた。
そしてトートの言葉に体を委ねる、それは彼が唯一できる選択であったし、彼にとってトートだけが自分を起ち上がらせてくれる存在なのだと思う。
他のルドルフと違って京本くんのルドルフは自身がトートに導かれてると気付いている節もあるのではと感じる。誰かに先導してもらうことが、或いは自分と共に歩んでくれる存在がいるということが、彼に心地よさを与えているようだった。
京本ルドルフはトートの見せる夢に溺れているようだった。それが果たして良い夢なのか悪夢なのかは分からない。けれど、国のことを思ってやったはずの行為を国民からは批判され、父親からも認めてはもらえない。何が正しいのか分からなくなった彼は、夢を見ずにはこれ以上突き進むことさえ難しかったのだろう。
そうして彼はトートに依存する。まるで虚しさを打ち消し、傷を癒そうとするみたいに。けれどトートは痛みを麻痺させているだけで、決して癒してるわけじゃない。いつか限界が来る。それが彼にとって偶々、失敗に終わった革命であったのだろう。
古川トートに関してはそんな愚かなルドルフをある意味愛してるんだろうと思った。シシィに対するような愛ではなかっただろうけど、それでも憐れみを抱いていたように思えた。
トートがルドルフに全てを教え、ルドルフはトートに手を引かれて歩いている風だ。他の二人のルドルフよりも、そうはっきりと感じられる。
トートが側にいる時は市民やハプスブルク家を思って力強く立っていられるけれど、トートが自分から離れると途端に不安げにトートの背を追いかけようとする姿は本当に切なかった。
彼のルドルフは王冠を引き合いに出されるとスッと目の色が変わって野心が現れるけど、ルキーニからの王冠を待つ時の表情だけは違っていて。まるで憧れを手にする少年のように煌めいていて、だからこそすごく切なかったし、彼の王冠への憧れってつまりは父への憧れなのだろう。
成長するにつれて思考に複雑さが増しても、心底では彼はフランツのことをとても大切に思っていたし、新聞に投書したのはただ父に危機を知らせたかったからではないか。そしてあわよくば褒めて欲しかった。ひたすら父親に認められたかっただけ、という感じがした。
だからこそ独立運動失敗後のフランツやシシィに見捨てられた時の押し殺した小さな声には溢れんばかりの悲しみが込められている。
そんな時にトートが死を唆す。その言葉で彼は初めてこの先もまだ人生が続くことに、そして死という選択があることに気付いたのだろう。そして彼は死に自由を見たようだった。
引金を引く寸前、顔に薄く笑みを浮かべるのは京本くんのルドルフの特徴だと思う(木村くんは日によって違うかもしくは途中から始めているが京本くんは私が見た回必ず笑っていたので毎回その演技プランだと思う)。
あの儚い笑みは、自由への喜びや、トートへの感謝、そしてこの世界への別れの意味を込めたもののように感じた。
あと2016年より断然歌もダンスも上手くなってて驚いた。すごい。2016年もとても好きなルドルフだったのにさらに進化してて、本当にぼろっぼろに泣かされた。
エリザベートでこんなに泣く奴いるのかってくらい泣いた。
スリル・ミー 成福ペア
スリル・ミー東京2公演と大阪2公演観劇。
お話の雰囲気を把握しておこうとYouTubeで公開稽古の様子を見た結果、ネタバレ要素満載の九十九年を聞いてしまい、なんとなく察しながら観劇当日を迎えたスリル・ミー。
想像を絶するしんどさ、スリルミー初見に成福ペアは強烈すぎる。
東京公演と大阪公演で役へのアプローチの仕方が違って驚きだったし、多分東京公演の中でも色々演技の仕方を変えているんだろうなって思ったけど、今回は私の見た東京公演の感想をつらつらと。
以降私的スリルミー成福ペアの感想
(*第一人称はわたし、登場人物の方は私で分けます)
福士彼の怒りが凄まじい。父や弟の話になるたびに憎悪が湧き上がっているのがわかった。その憎悪こそが彼のすべてと言わんばかりの激しさ。 家族からの愛を満足に受け取る事ができなかった悲しみや屈辱を、彼は怒りや憎しみに変えることで自分を守ってきたようだった。
だからこそ彼の「何も感じないんだ」という時の焦点の定まらない瞳、乾いた声にはゾッとした。そこからは彼の心に広がる慢性的な飢えが見えた。それは一時的に凌ぐ事はできても本質的に満たされる事はないのだと思う。飢えをしのぐことが出来るのは私からの愛の他ないのだろう。
彼にとって成河私は自分が何をしようともそばにいてくれる存在であるようだった。福士彼は私からの無償の愛を信じて疑わず、しかしそれと同時にその愛が自分から離れることを恐れてもいる。それはどちらも無意識的な思考であり、その矛盾を孕んだこそが福士彼の持つ脆弱さの正体なのだと感じる。
東京公演での福士彼はとにかく脆いという印象。いつ壊れてもおかしくない儚さは、私がいなければ彼はどうなっていたのだろうとさえ考えさせる。それほどまでの私の存在は大きく、家族からの愛を得る事のできなかった彼を支えたのは私の愛に違いないのだと思った。
だがそうであるにも関わらず、福士彼には私へ愛を返そうという様子がない。どこまでも冷徹で、一切の甘さがないのだ。彼は私の愛を執拗に確かめ、その過程で私が傷こうとも顧みることはない。
最初「福士彼の私に対する感情は愛なのか」とすら思った。福士彼の依存と執着に塗れた感情はわたしの知る愛とはあまりにもかけ離れていたのだ。それは愛と呼ぶにはあまりにも異質だった。しかし彼という人間について考えれば考えるほど、彼は確かに私のことを愛していたのだと思えるし、また成河私はそんな福士彼の全てを理解していたように思う。
成河私は彼の孤独も不安も怒りも、彼が自分に酷く依存していることも、彼自身の知らない無意識さえも把握している風だった。彼が自分のことを歪な形であるにしろ愛してくれていたことも知っていて、その上でああいう行動にでたのだろう。
ただ二人でいたかった。動機は本当にただそれだけなのだと思う。それはあまりにも純粋で、だからこそ私の狂気は底知れぬ禍々しさを纏い、恐怖を誘う。
護送車でネタバラシをする時の笑顔に滲んだ狂気はあまりにも幸福そうで恐ろしく、その時の福士彼の表情も見事としか言いようがない。絶望に沈み、心が壊れかけそうになっている様子がヒシヒシと伝わってきた。
私はそれさえも計算済みで、壊れそうで壊れてしまわないギリギリのラインを狙ったのではないかと思う。言うなれば、私の愛はまるで麻薬だ。
個人的な妄想だが、私であれば彼の壊れかけの心に寄生するのことは容易いのではないか。たとえ傷を作ったのが私であったとしても私以外に縋るべき相手がいない彼は確実に私の重い愛に落ちていくのだと思う。 しかしそれは果たして不幸なのか。
私と出会わなければ彼はもっと自滅的で破壊的な道に進んでいただろう。この人生こそが福士彼の得られる最高のハッピーエンドのように思えた。成河私に至っては彼なしの人生など想像できない。
福士彼と成河私はお互いがお互いの欠けた部分を補完しているような雰囲気があり、二人が出会うことは運命なのだと思った。二人を繋いだのは赤い糸ではなく、強固な鉄の鎖のようだったけれど。
以上東京公演のスリル・ミー感想。
観劇後も楽しめるお芝居って素敵だなって改めて思った。
早くCD出して。